college.19.09.09.01ーラカンと無意識(33)
愛はあるかないか。。母のイメージはあるかないか。。おれ
はそれを。。理性。。と置き換える。。理性の光の及ばない
部分。。しかし。。人間の一部であって。。理性のない動物
ではない部分。。闇。。イット(英語)。。イド(ラテン語)。。
エス(独語)。。フロイトは。。無意識。。と呼んだ。。
19世紀の知識人たちは。。人間は理性を持った動物だから。。
理性を有効に使えば。。理想的な世界っが作れる。。と考え
た。。科学とヨーロッパ人はその最先端を走っていた。。ロ
マンチシズムと呼ばれる。。
しかし。。19世紀末。。人間には理性ではどうにもならない
領域が在ることを。。フローベル。。ボードレール。。ドス
トエフスキィ。。たちがそれを文学作品として描いた。。リ
アリズムと呼ばれる。。
20世紀の2つの大戦が。。知識人達を震撼させた‥これが。。
理性のある人間たちの仕業かだ。。20世紀中頃。。人間の理
性の外側にある領域が。。人間の言動に影響を及ぼしている
。。という思想が現れた。。構造主義と言われる。。
ラカンもその一人だ。。彼はフロイトの無意識に習った。。
彼は理性を言葉と置き換える。。言葉も意味もない領域を。。
現実界と呼び。。それに触れることが狂気だと解釈した。。
そして。。現実界は。。意味も言葉も在る。。想像界。。人
間の。。フロイトの言う。。意識の領域だ。。と接している
。。と考えた。。フロイトでは。。意識と無意識の間に。。
超自我の領域。。があって。。それらが接することはない。。
フロイトは。。無意識が意識の中に侵入すると病気になると
考えた。。ラカンはそれを象徴界の。。言葉はあるが意味は
ない世界。。フロイトでは超自我。。機能不全と考えた。。
象徴界が機能不全になると。。想像界と現実界に電流が走っ
て。。狂気に陥る。。と。。
人の闇に対する処方箋は。。愛。。だ。。戦後の宗教の復活
でも在る。。しかし。。愛以上の。。とは違った方法は。。
しかしまだ現れてはいない。。愛の理論は強力だ。。子供に
は教育が。。大人には法律が必要だ。。程度かな。。理性は
宗教を眠らせ。。暴力は宗教を起こした。。かな。。
先生は愛で。。おれは理性で。。闇。。狂気。。を塞ぐ。。
満たせばよい。。と考えている。。交わらない二人だ。。愛
の完成はシャーマンだ。。とすれば。。理性の完成は天才だ
。。どちらに学ぶ。。かだ。。光を。。愛と呼ぶか。。理性
と呼ぶか。。いずれにせよ。。その光で。。闇を照らし出す
こと。。だ。。